向うの金堂《こんどう》や塔などが立ち並んでおのずから厳粛な感じのするあたりとは打って変って、大いになごやかな雰囲気を漂わせていてしかるべき一廓《いっかく》。――だが、この二三年、いつ来てみても、何処か修理中であって、まだ一度もこのあたりを落ちついた気もちになって立ちもとおったことがない。
いまだにそのまわりの伝法堂などは板がこいがされているが、このまえ来たとき無慙《むざん》にも解体されていた夢殿だけは、もうすっかり修理ができあがっていた。……
そこで僕はときどきその品のいい八角形をした屋根を見あげ見あげ、そこの小ぢんまりとした庭を往ったり来たりしながら、
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ゆめどのはしづかなるかなものもひにこもりていまもましますがごと
義疏《ぎそ》のふでたまたまおきてゆふかげにおりたたしけむこれのふるには
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そんな「鹿鳴集」の歌などを口ずさんでは、自分の心のうちに、そういった古代びとの物静かな生活を蘇《よみがえ》らせてみたりしていた。
僕は漸《ようや》く心がしずかになってから夢殿のなかへはいり、秘仏を拝し、そこを出ると、再び板がこいの傍をとお
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