かったとおもっていたところだ。こんやから早速|著《き》てやろう。

[#地から1字上げ]十月二十四日夜
 ゆうがた、浅茅《あさぢ》が原《はら》のあたりだの、ついじのくずれから菜畑などの見えたりしている高畑《たかばたけ》の裏の小径《こみち》だのをさまよいながら、きのうから念頭を去らなくなった物語の女のうえを考えつづけていた。こうして築土《ついじ》のくずれた小径を、ときどき尾花《おばな》などをかき分けるようにして歩いていると、ふいと自分のまえに女を捜している狩衣《かりぎぬ》すがたの男が立ちあらわれそうな気がしたり、そうかとおもうとまた、何処かから女のかなしげにすすり泣く音がきこえて来るような気がして、おもわずぞっとしたりした。これならば好い。僕はいつなん時でも、このまますうっとその物語の中にはいってゆけそうな気がする。……
 この分なら、このままホテルにいて、ときどきここいらを散歩しながら、一週間ぐらいで書いてしまえそうだ。

[#地から1字上げ]十月二十五日夜
 けさちょっと博物館にいっただけで、あとは殆ど部屋とヴェランダとで暮らしながら、小説の構想をまとめた。構想だけはすっかり出来た。
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