つてゐるのを知つてゐるピストルをいぢつてゐる。彼には自殺したい欲望も考へもない。しかし彼は何かしら快感をおぼえつつその武器を握つてゐる。彼の掌が銃尾に結ばれる。彼の食指が引金にひつかけられる、一種のよろこびをもつて。彼は行爲を想像する。彼はだんだん武器の奴隷になりはじめる。武器はその所有者を誘惑する[#「誘惑する」に傍点]。彼はぼんやりと自分の方へ銃口を向ける。彼はそれを自分の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]に、自分の齒に近づける。あゝ危いかな? 何故ならば人間機能の觀念が、肉體によつて下準備され、精神によつて完成されるところの行爲の壓力が、彼を裏切るからである。壓力の循環が完了せんとする。神經組織はそれ自身充填されたピストルになる。そして指は突然しまらんとする[#「しまらんとする」に傍点]のだ。……」

          ※[#アステリズム、1−12−94]

 以上のところで僕の抄は終つてゐる。これからもつとあとがあつたのやら、ないのやら、僕ほもうすつかり忘れてしまつてゐる。佐藤朔君にでも今度會つたら、それを調べて置いて貰はう。
 テスト氏と云へば、僕はこの間本郷の古本店で「テスト氏との一夕」の載つてゐる「サントオル」といふ雜誌を見つけて買つてきた。ヴァレリイがピエル・ルイスやレニエやジィド等と一しよにやつてゐた同人雜誌である。英國でビアヅレエイ等のやつてゐた「イエロウ・ブック」と比較して見ると、非常に共通した點があつてなかなか興味が深い。
「テスト氏との一夕」はP・V・といふ筆名で發表されてゐるが、目次にはその表題の下にちやんと nouvelle と銘が打たれてある。「テスト氏」が小説であるかどうかに就いて大ぶ議論もあるやうだが、ヴァレリイ自身はこれを小説として書いたものらしい。
 言ひ忘れてゐたが、僕が手に入れたのは「サントオル」の第二號である。雜誌のうしろについてゐる附録で見ると、創刊號の要目に唯Pといふ署名で「詩二篇」とあるのがヴァレリイであらう。それから、第三號豫告にP…V…といふ署名で「ポオ、ニイチェ」とあるのもヴァレリイにちがひないが、そんな題のエッセイはとうとう書かれずにしまつたものと見える。又、近刊豫告には「地の糧」などと竝んでノヴァリスの「青い花」が出てゐる。譯者はアンドレ・ジィド。これは僕の夢ではない。但し、そんな本は世界中搜し
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