凾フことだから、こんなことも平氣でするのかも知れないと思つた。それにしてもそのムシュウ・テスト[#「ムシュウ・テスト」に傍点]の自殺に就いての意見は僕には甚だ面白く思へた。そしてそれだけを有り合はせの書簡箋に心覺えに譯して置いたのであつた。いま手許に原文がないのでその僕の譯には調べ直したら間違ひがどの位澤山あるか分らないが、その頃の僕(一九二八、九年)をかたみする意味でそれを此處にそのまま載せて置かうと思ふ。
※[#アステリズム、1−12−94]
「自殺する人々。ある者等は自己に克つ[#「自己に克つ」に傍点]。他の者等は、反對に、自己に負け[#「自己に負け」に傍点]て、彼等の運命曲線(私はそれがどういふものであるか知らぬが)に從ふがごとくに見える。
前者は境遇によつで強ひられるのだ。後者は彼等の性質によるのだ。そして運命の上面《うはべ》の好意は彼等が一番の近道を通ることを妨げない。
自殺の第三の種類として次のものが考へられる。ある種の人々は人生を非常に冷靜に考へる、そして非常に絶對的な、非常に野望的な考へをもつ、そのために彼等は彼等の死の處分を出來事や有機的變化の偶然に委ねたくないのである。彼等は老衰を、失格を、出來事を嫌惡する。我々は古人の中にさういふ人間離れした決斷のいくつかの實例といくつかの讚美とを見出す。
境遇によつて強ひられた自殺(私が第一に述べたところのもの)に關しては、その考へがその當人に抱懷されるにいたるのは、丁度或る一定の計畫どほりになるべき行爲のやうにだ。それは或る災惡を確實[#「確實」に傍点]に根絶せんとする無氣力[#「無氣力」に傍点]から生ずる。あらゆるものを除去してしまふといふ迂路によつてしかその目的は達せられない。些事と現在とを除去するために全體と未來とを除去しようとする。あらゆる意識を除去しようとする。(さういふ一個の考へを除去し得ないから。)あらゆる感受性を除去しようとする。(さういふ手のつけやうのない、又絶えることのない、悲しみと絶縁し得ないから。)
ヘロデがすべての赤ん坊の首を斬らせたのは、その中の唯一人の死が彼には重要なのだが、その一人を見分け得なかつたからだ。ある男は、自分の家を荒らしてしやうがないが、どうしても捕らない鼠に夢中になつて、その鼠を追ひ出すことの出來ない建物全體を燃やしてしまふ。
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