のだ。するとその閉じた眼の中には、いつまでも赤い縞のようなものがチラチラしていた……
※[#アステリズム、1−12−94]
扁理は出発した。
都会が遠ざかり、そしてそれが小さくなるのを見れば見るほど、彼には出発前に見てきた一つの顔だけが次第に大きくなって行くように思われた。
一つの少女の顔。ラファエロの描いた天使のように聖《きよ》らかな顔。実物よりも十倍位の大きさの一つの神秘的な顔。そしていま、それだけがあらゆるものから孤立し、膨大し、そしてその他のすべてのものを彼の目から覆い隠そうとしている……
「おれのほんとうに愛しているのはこの人かしら?」
扁理は目をつぶった。
「……だが、もうどうでもいいんだ……」
そんなにまで彼は疲れ、傷つき、絶望していた。
扁理。――この乱雑の犠牲者には今まで自分の本当の心が少しも見分けられなかったのだ。そして何の考えもなしに自分のほんとうに愛しているものから遠ざかるために、別の女と生きようとし、しかもその女のために、もうどうしていいか分らないくらい、疲れさせられてしまっているのだ。
そうして彼はいま何処へ到着しようとしているのか
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