で膝にのせていた洋綴《ようとじ》の本を下に置いた。そうしてその表紙を無意味に見ている。
「何を読んでいるんだい? 小説?」それを少年は覗《のぞ》き込むようにして見た。
「ええ、弘ちゃんも小説読むの?」
「僕だって小説ぐらいは読むさあ……それは何んの小説だい?」
「モオパスサンよ……でも、こんなのは弘ちゃんは読まない方がいいわ……」
「そんなのは知らないや……僕は探偵小説の方がいい。」
少年だってモオパスサンがどんな外国の作家だぐらいはこっそり聞き噛《かじ》っている。しかし、わざと娘にそんな返事をしてやった。だから、少年は大した皮肉を言ってやったつもりでいる。そうして、ふと、昔、自分が十ぐらいで、この娘がまだ十三四でこの家に養女分でいた時分、ただもうこの年上の娘をいじめるのが面白くっていじめたりしていた時のような、子供らしい残酷な心もちが、現在の自分の心のうちにも蘇《よみがえ》って来るように感ずる。なんでもないことに腹を立てて、この年上の娘を撲《なぐ》ったり、足蹴《あしげ》にしたりしたが、娘の方では一度も自分にはむかって来ようとはしない。ただ、少年にされるがままになっている。そこに他の
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