たいと思う事は何でもしてしまおうとするような烈しい一面もあって、どうかするとそんな相手に彼女もときどき手古摺《てこず》らされた事のあったのを、彼女はその間何んという事もなしに思い出していた。……
そのとき露台から明が不意に彼女の方へふり向いた。そして彼女が自分に向って何か笑いかけたそうにしているのに気がつくと、まぶしそうな顔をしながら、手すりから手を離して部屋の方へはいって来た。彼女は彼に向ってつい口から出るが儘に云った。「明さんは羨《うらや》ましいほど、昔と変らないようね。……でも、女はつまらない、結婚するとすぐ変ってしまうから。……」
「あなたでもお変りになりましたか?」明は何んだか意外なように、急に立ち止って、そう問い返した。
菜穂子はそう率直に反問されると、急に半ばごまかすような、半ば自嘲するような笑いを浮べた。「明さんにはどう見えて?」
「さあ……」明は本当に困惑したような目つきで彼女を見返しながら口籠《くちごも》っていた。「……なんて云っていいんだか難しいなあ。」
そう口では云いながら、彼は胸のうちで此の人は矢っ張誰にも理解して貰えずにきっと不為合《ふしあわ》せなのか
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