でも出て一人きりになって、自分が本気で求めているものは何か、おれはいま何にこんなに絶望しているのか、それを突き止めて来ることは出来ないものか? おれがこれまでに失ったと思っているものだって、おれは果してそれを本気で求めていたと云えるか? 菜穂子にしろ、早苗にしろ、それからいま去って行ったおよう達にしろ、……」
 そう明は沈鬱《ちんうつ》な顔つきで考え続けながら、冬らしい日差しのちらちらしている構内を少し背をこごめ気味にして歩いて行った。

   十七

 八ヶ岳にはもう雪が見られるようになった。それでも菜穂子は、晴れた日などには、秋からの日課の散歩を廃《よ》さなかった。しかし太陽が赫《かがや》いて地上をいくら温めても、前日の凍《こご》えからすっかりそれをよみ返らせられないような、高原の冬の日々だった。白い毛の外套《がいとう》に身を包んだ彼女は、自分の足の下で、凍えた草のひび割れる音をきくような事もあった。それでもときおりは、もう牛や馬の影の見えない牧場の中へはいって、あの半ば立ち枯れた古い木の見えるところまで、冷い風に髪をなぶられながら行った。その一方の梢にはまだ枯葉が数枚残り、透明な
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