と聞きながら、或る朝、彼が二階のベッドの中でいつまでもぐずぐずしていると、突然戸外でマグネシウムを焚《た》いたような爆音がした。それと同時に家全体がはげしく動揺した。
「浅間山よ……早く来てごらんなさいよ」階下のヴェランダで叔母が叫んでいるらしかった。
彼は寝間着の上に上着をひっかけてヴェランダへ降りて行った。
「僕はまた写真屋がマグネシウムでも焚いたのかと思った。それにしては朝っぱらから変だと思ったけれど……」
なるほどヴェランダからは、浅間山がその花キャベツに似た噴煙をむくむくと持ち上げている何とも云えず無気味な光景がはっきりと見えた。その無気味な煙りの中には、ときどき稲妻《いなづま》のようなものが光っていた。その閃光《せんこう》は熔岩《ようがん》と熔岩とがぶつかって発するものだということを、去年の夏、彼は人から聞いていた。
彼はその凄《すさま》じい噴煙を見上げながら、丁度今の自分と同じようにそれを見上げていた去年の夏のまだいかにも健康そうだった自分の姿をひょっくり思い浮べた。そうしてそれに比較すると、今の自分の方がかえって夢の中にでもいるような気がしてならなかった。……
もうヴェランダはうすら寒かった。
彼は客間にはいって行きながら、こんな朝はもう煖炉《だんろ》を使うのも悪くはないなと思った。彼はこの別荘に来た時から、その客間の片隅《かたすみ》に古い熔岩を組み合せてこしらえられてある山家らしい煖炉に目をつけ、それを一度使ってみたいと始終思っていたのである。それで、その朝、とうとう彼は女中に言いつけて松の枝をどっさり持って来させた。そうして自分で煖炉の前にしゃがみ込みながら、それを焚きつけにかかった。
やっとその小枝に火が燃え移って、ぱちぱちとそれが快活な音を立て出すと、叔母も自分の椅子をその火のそばに近づけた。
「そうしているところは、あなたも随分丈夫そうになってね」叔母が言った
「そうですか。――でも、もうかれこれ一年になるんですからね……ねえ、叔母さん、僕ね、去年二回|喀血《かっけつ》したでしょう。……最初の時は、どういうもんだか気持がよかったくらいでしたよ。そりゃ何しろ生れて始めてなので、びっくりしたことはびっくりしたけれど、もうこのまま死んで行くのだと思ったら、かえって落着いてしまったのでしょうね。……だけど、二度目のときはほんとに厭《いや
前へ
次へ
全18ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング