、いずれも他の古椅子とあまり変らなかった。これはひょっとすると彼等が三十年前スコットランドから日本へ移住して来た時他の家具類と一緒に向うから持ってきた物かも知れない。そのとき彼等には丁度五つか六つぐらいになる子供が一人あったのだろう……だが彼はこれまでついぞそういう彼等の息子《むすこ》らしいものを見かけたことは無かったけれど……その息子、と云っても今ではもう三十以上になっているに違いないが、彼は自分の職業のために一人で故国に帰っていたのだろうか、それとももしかしたらもう死んでしまっているのであるまいか?……いずれにせよ、この可憐《かれん》な椅子がそれを見る度毎に彼等老夫婦の心を慰めていたであろうことは容易に想像される。そうしてこの別荘を立去る時、その老夫婦はこの椅子一つのためにどんなに心をなやましたことであろうか?
 ……それらの古びたいくつかの家具がしめやかに語りだすところの、そう云うロマンチックな物語に耳を傾けながら、それらの語り手の一人である、すこし彼には大き過ぎる寝台の上に、到底眠れそうもないと思いながら横になっているうちに、彼はいつしかすやすやと寝入った。……


 夕飯のときである。彼は叔母と一しょに食堂の、それひとつあれば七八人ぐらいのお客には充分間に合いそうな、大きな円卓子《まるテエブル》につこうとして、さて、それがあんまり大き過ぎるので、何処へ坐ったらいいのかまごまごした。
「どうも具合が変だなあ……」
「すこし遠くても、向い合って坐った方がよくってよ。……でも、二人になったから、これでもまだ恰好がつくのよ。私一人のときは、ほんとうに持て余してしまった……」
 彼は彼女の云うとおりに彼女と差し向いに坐った。しかし、卓子の向側とこちら側で話し合うには、よほど大きな声を出さなければ聞えないような気がした。そこで彼は食事の間だけ沈黙することにした。そのかわりに彼は食事をしながら、その食卓掛けのよく洗濯《せんたく》してあるけれど色がひどく剥《は》げちょろになっているのや、アルミニウムの珈琲沸《コオフィイわか》しの古くて立派だけれどその手がとれかかっていると見えて不細工に針金でまいてあるのや、どれもこれもちぐはぐな小皿に西洋草花が無邪気に描かれてあるのやを一々丁寧に眺《なが》めまわしていた。これらの物もみんな前の老夫婦が置いていったものらしい。……
 そのと
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