った。それで、はじめのうちは来る人ごとに妻をひきあわせていたけれど、
「そうだ、父は死ぬかも知れないのだ」と思うと、すこしでも父のそばにいた方がいいような気がした。
それからは私は妻のほうのことは田端のおばさんに一任して、自分はなるたけ父の枕《まくら》もとにいるようにしていた。云ってみれば、父がそうやっている私のことをなんにも知らずにいる、――それが私にそういうことを少しも羞《はに》かまずにさせていてくれた。
向うの間で、いま妻はどうしているだろうかと私はときおり気にかけた。すると、その妻が知らないいろいろな人たちの間でまごまごしながら茶など運んでいるもの馴《な》れない姿が目に見えるようで、私はそれに何か可憐《かれん》なものを感じることが出来た。いきづまるような私の心もちが、それによって不意とわずかに緩和せられることもあった。
父は四日目ぐらいから漸《ようや》く意識をとりかえしてきた。しかし、もうそのときは口は利《き》けず、右半身が殆《ほと》んど不随になっていた。いかにも変り果てた姿になってしまっていた。
が、それなりに、父は日にまし快方に向った。
「この分でゆけば安心だ。」皆
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