た。そうだ、あのおばさんだけがいまでは私の生父にゆかりのあるただ一人のかたなのだ。なんでもほんとうの妹ごだとか。私はいままで何んにも知らなかったので、ついそのおばさんにはよそよそしくばかりしていたが、そのうちに是非ともお訪《たず》ねしてみたいものだ。……
いかにも場末らしく薄汚い請地駅で、ながいこと浅草行の電車を待ちながら、私はそんなことを一人で考え続けていた。
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註一 私の生父の墓のある寺のことは田端のおばさんもよく覚えていなかった。なんでも河内山宗春の墓があるので有名なお寺だとか云うことを知っているだけで、一度も其処《そこ》には往ったことがないそうだ。その後、私は麻布のおばさんのところにお訪《たず》ねしようとときおり思いながら、なかなか往かれないでいるうちに、その年老いたおばさんが突然|亡《な》くなられてしまわれた。私は何んとも取りかえしのつかない事をしてしまった。しかし、私の知りたがっていた生父の墓だけは、そのおなじ寺にそのおばさんも葬られることになったので、図らずもそれを知ることが出来た。その寺は高徳寺といって、やはり青山にあった。
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