の十何年かの淋《さび》しい独居同様の生活、ことに病身で、殆んど転地生活ばかりつづけていた私を相手のたよりない晩年、――かなりな酒好きで、多少の道楽はしたようだが、どこまでもやさしい心の持ち主だった父は、私の母には常に一目《いちもく》置いていたようである。それは母の亡《な》くなったのちも、母のために我儘《わがまま》にせられていた私を前と変らずに大事にし、一たびも疎略にしなかったほどだった。私はその間の事情はすこしも知らなかったけれど、いつも父の愛に信じきってそれに裏切られたことはなかったのだった。
その父をも晩年に充分いたわってあげることのできなかった自分を思うと、何んともいいがたい悔恨が私の胸をしめつけて来た。私はしばらくそれを怺《こら》えるようにして、父母の墓の前にじっと立ちつくしていた。
そうやって私は二三十分ぐらいその墓のほとりにいてから、漸っとそこを離れて、錆《さ》びたトタン塀《べい》のほうに寄せて並べられてある無縁らしい古い墓石を一つ一つゆっくり見てゆきながら、とうとうその墓地から立ち出《い》でた。
飛木|稲荷《いなり》の前を東に一二丁ほど往くと、そこが請地の踏切であ
前へ
次へ
全41ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング