ってきた松吉は、其処《そこ》にふと見るべからざるものを見た。――
松吉はさんざん一人で苦しんだ末、何もいわずに、おようを由次郎に添わせてやる決心をした。二人のために亀戸《かめいど》の近くに小さな家を見つけ、自分のところにあった世帯道具は何から何まで二人に与えて、そうして自分だけがもとの家に裸同様になって残ったのである。……
もとより、私の母はそういう経緯のあったことは知っていたはずである。しかもなお、そういう人のところに、かわいくてかわいくてならない私をつれて再婚したのである。そこにはよほど深い考えもあったのだろうと思われる。
どんな人でもいい、ただ私を大事にさえしてくれる人であれば。――それが母の一番考えていたことであったようである。それには母がいつもその人の前に頭を下げていなければならないようでは困る。その人のほうで母にだけはどうしても一生頭の上がらないように、その人が非常に困っているときに尽くせるだけのことは尽くしておいてやる。そういう不幸な人である方がいい。――そういった母の意にかなった人が、ようやく其処に見いだされた。
勝気でしっかりとした人、私のことだとすぐもう夢中
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