かりの小庭には、縁先きから雪の下がいちめんに生《お》い拡《ひろ》がって、それがものの見事に咲いていた。
「雪の下がきれいに咲いたものですね、こんなのもめずらしい。……」私はその縁先きちかくに坐りながら、気やすげにそう言ってしまってから思わずはっとした。
 目を患っているおじさんにはもうそれさえよく見えないでいるらしかった。しかし、おじさんは、花林《かりん》の卓のまえに向ったまま、思いのほか、、上機嫌《じょうきげん》そうに答えた。
「うん、雪の下もそうなるときれいだろう。」
「……」私は黙っておじさんの顔のうえから再び雪の下のほうへ目をやっていた。
 そのときおばさんがお茶を淹《い》れて持ってきた。そしてあらためて私に無沙汰《ぶさた》の詫《わ》びやら、手みやげのお礼などいい出した。無口なおじさんも急にいずまいを改めた。そこで私もあらためて、はじめておじさんのこの頃の容態を、むしろそのおばさんの方に向って問うのだった。

 私が自分の生い立ちの一伍一什《いちぶしじゅう》をこと細かに聞いたのは、それからずっと夕方になるまでで、雪の下の咲いたやつがその間じゅう私の目さきにちらちらしていた。おば
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