。何故なら、まだ三頁も讀まないうちに、多くの讀者を中止させ、退屈だと叫ばしむるものがその密度だからである。
 しかし私は、プルウストの作品の最も重要な特色を除いては、これをもつてその主要なものとなすに躊躇しない。その密度とは一體どんな性質のものかと云ふと、――それを生じさせてゐるものは、頁の各糎平方の中に夥しい量で塊まり合つてゐる感覺、印象及び感動なのである。恐らく現實がかくも纖細な、かくも精密な方法で透現されたことは未だ曾つてあるまい。
 まあ、コンブレエのこの一節を聞きたまへ。

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 空氣(レオニイ叔母さんの部屋の)は、大へん滋養分のある、味のよい、沈默の精のやうなもので飽和されてゐたものだから、私はそこへは一種の強烈な食慾をもつて近づいて行つた。ことに復活祭の休みの初めのまだ寒い朝々は、私がコンブレエに着いたばかりといふせゐもあつて、私はそれを、一層よく味つたのである。私は私の叔母さんにお早うを云ひにその部屋へ這入る前に、私はちよつと次の部屋で待たされるのであつたが、そこにはすでに二個の煉瓦の間に火が熾されてゐ、その火の前にはまだ冬らしい日射しが温まりに這ひ
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