プルウスト雜記
神西清に
堀辰雄
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)受動的《パッシイフ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)半分|空虚《から》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#アステリズム、1−12−94]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔la ge'ome'trie dans l'espace〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html
−−
一
[#地から2字上げ]一九三二年七月七日
今朝、僕はこんな夢を見た。
僕はひとりで活動小屋にはひつた。僕はうつかり眼鏡を忘れてきたことに氣がついた。いつもなら活動小屋の一番後の席に坐るのだが、しやうがないので僕はずつと前の方へ出て行つた。さうしたら、やつとスクリインの繪が見え出した。それにはなんだか妙に美しい色彩がついてゐた。そして沙漠のやうなところで獸めいたものが格鬪してゐるのだつた。……
僕は眠りから醒めてからも、その夢を鮮明に記憶してゐた。そして煙草を喞へたまま、しばらくぼんやり籐椅子に凭れてゐるうちに、ふと數年前、この夢とほとんど同じやうな現實の經驗をしたことのあるのを思ひ出した。僕はその時もやはり眼鏡を忘れたまま活動小屋にはひつたのだつた。ただ夢とすこし異ふのは、その頃はまだ活動小屋にもオオケストラ・ボックスがあつて、そのまはりには子供たちが大ぜい群がつてゐたが、僕もその中に混つて待つて、半分はそのボックスの中を珍らしさうにのぞきながら、半分は筋などは何が何やら分らずにスクリインを眺めてゐた。
さういふ夢と、その動機とも見えるやうな過去の經驗とを、代る代る思ひ浮べてゐるうちに、僕は何故かしらとても上機嫌になつてきた。そして僕は突然、それが數年前の自分がオオケストラ・ボックスの中をのぞきこみながら漠然と感じてゐた、妙に悦ばしいやうな感情に酷似してゐるのに氣がついた。――それは僕の幼時の追憶から生ずる特異な感情にちがひなかつた。といふのは、そんな風にオオケストラ・ボックスの中をのぞきこんでゐることが、
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