u先づ、植物の生長のリズムが「噴出する」(effuser[#「effuser」は斜体])といふ言葉によつて我々に與へられる。それはまことに「葵色の高い枝付燭臺のやうに」輝かしく見える。それから、小さな星状の花が、水面に生れる「氣泡」(bulle[#「bulle」は斜体])に比較されつつ示される。」(私の飜譯では、それ等の此喩の順序が逆になつてゐますが、これは已むを得ません。)それから、すべての比喩が岸邊に戲れる波に持つて行かれてゐます。(「逆卷く」(〔de'ferler〕[#「〔de'ferler〕」は斜体])「泡」(mousse[#「mousse」は斜体])「泡」(〔e'cume〕[#「〔e'cume〕」は斜体])――プルウストは、彼自身でも、「フロオベルのスタイルについて」といふエッセイの中で、「自分は比喩のみがスタイルに或種の永遠性を與へ得ると思ふ。」と述べてゐますが、これらの海の要素から借りて來た一聯の比喩が、いかにリラの實體そのものを我々の目に見えるやうにさせるのに效果的であるか、これは全然リラの花なんといふものを知らない我々をも、それを知つてゐるかのやうに樂しませてくれるのでも知られます。そこにこそ藝術上の創造があるのであります。
クルチウスは更らに、これらの章句のリズムの素晴らしさを説明してゐますが、それは原文で味つていただくより仕方がありませんし、それは私などの持つてゐる語學力では、なかなかその妙味はわかりません。――しかし、プルウストが、どんなにさういふ章句のリズムに注意してゐたかは、彼の友人の一人が語つてゐる次ぎのやうな逸話によつても解りませう。
プルウストは、ある眞夜中に(それは彼が何時も友人を訪問する時間でしたが)もう寢てゐたその友人のところに訪ねて來ました。さうしてそんな遲い訪問をいかにも慇懃に言ひ譯をしながら、佛蘭西語で sans rigueur[#「sans rigueur」は斜体](嚴しくなく)といふのを伊太利語ではどういふか、その正確な發音法を教へて貰ひたいと頼みました。そこでその友人は即座に senza rigore[#「senza rigore」は斜体] と發音しました。するともう一度それを繰り返してくれと言ふので、今度はゆつくりと發音しますと、それをプルウストは、目をつぶりながら、聞いてゐたさうです。それから丁寧にお禮を云つて
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