のやうな受精作用をするものとして説明がなされる。――まあ、さう云ふことをクルチウスも、べケットも書いてゐるのである。
 僕のいま滯在してゐる田舍も、そのコンブレエと同じくらゐ花だらけだ。六月の初めこちらへ來たばかりのときは、何處へ行つても野生の躑躅が咲いてゐたり、うすぐらい林の中を歩いてゐると、他の木にからまつて藤の花が思ひがけないところから垂れてゐたりした。そのうち小川に沿つてアカシアが咲き出した。その時分は雨ばかり降つてゐたものだから、もうあの花も散つたかしらと思つて、それをしばらく見に行かないことを氣にしてゐたが、とうとう或る日、雨を冒してその小川のほとりまで行つて見た。だいぶ散つてゐた。が、そんなところを通るものは誰もゐないと見えて、濡れてしつとりとした火山灰質の小徑の上にところどころ掃きよせられたやうに鮮やかに、すこし紫色を帶びながら一塊りになつてアカシアの花は落ちてゐたが、なんだかそこを歩くとぞつとするくらゐだつた。
 歸り途、いつまでも自分のまはりがいい匂がしてゐるので、始めて氣がついて見ると、僕の蝙蝠傘には、それで木の枝をこすつたと見えて、一面に花がくつついてゐるし、僕の靴は靴で、その底が花だらけになつてゐた。
 日曜日の晴れた朝、教會の前を通つたら、その前の廣場に僕の名前を知らない木が二三本あつてそれが花ざかりだつた。そしてその花がぽたりぽたりとひとりでに散つてゐる下で、村の子供たちのボオル遊びをやつてゐるのが、さう、繪ハガキさながらであつた。
 しばらく僕は立止つてそれを見てゐたが、そのうち男の子の一人がするするとその木に登つた。すると木の下から他の子供が叫んだ。
「嗅いでみなア……いい匂がするぜ……」
 木の上の子供は手をのばして、花を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]りとつて、それを言はれたとほりに嗅いで見せた。
「ウエツ、臭《くせ》え……」
 さう言つてその花を木の下の子供の方へ投げつけた。僕はその白い花がどんな匂がするのか知らないが、それがいかにも臭さうだつたので、その花を手にとつて見ようとはしなかつた。
 僕は散歩の途中に見知らない花が咲いてゐると、一枝折つてきては宿屋の主人にその名前を訊くやうにしてゐたが、どれを見せても、宿屋の主人は「それもウツギの一種です」と言ふものだから、しまひには、可い加減のことばかり言ふのだらう
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