かしてばかりおる私にすっかりなつきでもしたと見えます。
なげきつつ明し暮らせばほととぎす
この卯の花のかげに啼きつつ
まあ、一体、私はこのほととぎすと共にどうなることでしょうか知ら」
いかにも何事もなげながら、どことなくお心のうめきをお洩らしになって入らっしゃる、そのような御文を読み返しているうちに、私はつい知《し》らず識《し》らずの裡《うち》に、苦しんでいるのが相手の方であるときいつも自分の内をひとりでに充たしてくる、一種言うに言われぬ安らかさを味い出している自分自身を見出さずにはいられなかった。……
それから数日後、突然、おじ君にあたられる左京頭《さきょうのかみ》がお亡くなりになられたので、頭の君もその喪に服せねばならなくなり、殿の御約束せられた八月を前にして、私共に心を残されながら、しばらくその病後の御身を山寺へお籠《こも》りになられ出した。山からは、最初のうちは絶えず御消息をおよこしになられた。それは相変らず独居の淋しさと撫子を求める切なる希《ねが》いとに充たされていた。しかし私はその頭の君の御文のなかの独居の淋しさをお訴えなさる御言葉がなんとも言えず切実
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