の裡に何物に対するともつかない、果てしない不満のようなものが残っているのをどうしようもなかった。
頭の君はこの頃も相変らず、何かと言っては道綱を呼びに寄こしたり、又遠慮がちに道綱のところに御自身でも入らしったりなすっているらしい。頭《かん》の君《きみ》はこんどの事は何も御存知ないのだから、別にかれこれ言うこともないので、私はそのまま勝手にさせておいた。そのうち五月になった。時鳥《ほととぎす》がいつになくよく啼《な》いた。昼間からこんなに啼くことも珍らしい。厠《かわや》にはいっていて、ほととぎすの啼き声を聞くのは悪い前兆だといって昔から人々が忌むらしいが、私は屡《しばしば》それをすら空《うつ》けたように聞くがままになっていた。……
いつか世の中は長雨《ながさめ》にはいり出していた。十日たっても、二十日たっても、それは小止《おや》みもなしに降りつづいていた。
或夜など、雨のためにひさしく音信《おとずれ》のなかった頭の君から突然道綱の許《もと》に「雨が小止《おや》みになったら、ちょっと入らしって下さい、是非お会いしたい事がありますから。どうぞお母あ様には、自分の宿世《すくせ》が思い知
前へ
次へ
全66ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング