の近くの灯をそむけて、薄暗いなかにひとりそのままじっと目をつむっていた。そして私はその目のうちらに、自分自身のこうしている姿を、ついいましがた頭の君に偸見《ぬすみみ》せられていたでもあろうような影として、何んと云うこともなく蘇《よみがえ》らせていた。それは半ば老いて醜く、半ばまだ何処やらに若いときの美しさを残していた。そうしているうちに、私がだんだん何とも云えず不安な、悔やしいような心もちに駈りやられていったのは、そういう自分の影がいつまでも自分の裡《うち》に消えずにいるためばかりではなかった。それはさっきあんなに狼狽《ろうばい》を見せて頭の君をたしなめたときの、自分自身を裏切った、自分の嗄《しゃが》れた声がまだそこいらにそのままそっくりと漂っているような感じのし出して来たためだった。
 私はそういう一見何んでもないように見える事のために、思いがけないほど自分の心が揺らぎ出しているのを、しょうことなく揺らぐがままにさせていた。……

   その三

 頭《かん》の君《きみ》はそんな事があってからも、私がそれをそれほど苦にしていようとは夢にもお知りなさらない風に、相変らず、何かと道綱のと
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