じ》めなさるのだった。
 その事がいつか姉のもとに来て入らしったいまひと方の御耳にもはいったと見え、「私もゆうべはわざと余所《よそ》で過して来ました。花があるので好んでこちらへ来ただけなのだろうなどと言われそうでしたから」などと、そのお方までがしたり顔にそんな事を言ってよこされた小憎らしさ。

 それからまだ二た月とは立たないうちに、私はいつのまにやら只一人で起き臥しする事の多いような身の上になりながら、姉の方へばかり絶えずいまひと方が出這入《ではい》りなすっていられるのを、胸のしめつけられるような気もちで見て暮していたところ、五月になると、そのお方さえも、まるでそう云う私をお避けなさりでもするかのように、余所へ私の姉をお連れして往ってしまった。それからは私はほんとうの一人ぎりになってしまったのだった。――が、こう云うはかない身の上になったのは、私ばかりではなく、私なんぞよりもずっと前からあの方がお通いになって、お子様などもたんとおありなさると云うお方のもとへも、この頃は全くあの方は絶えられているとお聞きして、ましてどんなにお心細い事だろうかと、おりおり消息などをさし上げては自分でもわ
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