な身ぶりをしているのを、ときどき顔をもたげては、こわごわじっと見入っていた。そうして私は、もし自分が本当に苦しむことを好んでいるのだったら、こんなに何もこわがりはしないだろうにと思いかえしながら、だんだん長いことそれを見つめ出していた。ときおりそんな自分の目のあたりを、その稲光りとともに、何処かの山路で怯《おび》えている道綱の蒼ざめ切った顔が一瞬間|閃《ひらめ》いて過《よ》ぎったりするのだった。……
 が、そのうちに、私はそれにもめげずに、じっと空中に目を注いだなり、いつか知《し》らず識《し》らずの裡《うち》に自分自身をその稲光りがさっと浴びせるがままに任せ出していた。恰《あたか》もそうやって我慢をしている事だけが自分のもう唯一の生き甲斐ででもあるかのように。……

   その六

 或日の昼頃、突然、大門の方で馬が気もちのいいくらい高く嘶《いなな》いた。それがどういうわけか、私のうちに言うに言われないような人なつかしさを蘇《よみがえ》らせた。……それからやがて人のおおぜい来たらしい気配がしだした。簾を透かして見ていると、立派な装束をした人々も数人見え、それが木の間をこちらへだんだん近
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