かしいでしょう。こんどは僕のそういう生活ぶりだとか、これからしたいと思っている仕事のことなどすこしお書きしましょう。きょうはこれで失礼いたします。
2
[#地から1字上げ]十月十五日、鎌倉にて
こんどは多分|何処《どこ》かの湖畔であなたのお手紙を受取り、そこから又お便りを差し上げることになるだろうとおもっておりました。私は仕事のために小さい旅に出かけるばかりにしておりました。が、急に身体《からだ》の具合が悪くなり、医者の忠告で少なくともその日数だけは静かに寝ていなければなりませんでした。こうやって予定の仕事を持ちながら、それがつい延び延びになってゆくのは、本当に気が気でありません。しかし、きのうあたりからやっと元気になって、けさは日あたりのいいヴェランダでこの手紙に向えるようになりました。
朝のうちは此処《ここ》にいると本当に気もちが好い。すぐ向うに古い松の木のこんもりした低山《こやま》があって、それが一めんに日をいっぱい浴びながら、その何処かしらにいつも深い陰をひそませている具合、――そのなんともいえない幽《しず》けさがいくら見ていても倦《あ》きないのです。病中、室生《むろう》さんから「つくしこひしの歌」をいただいて、気分のいいときに拾い読みした短篇中の心にしみたかずかずの情景が、此処にこうしていると、何か目前に彷彿《ほうふつ》として来てならないのも、それとこれとに一味通じあった一種の翳《かげ》りのようなもののあるためかともおもえるような、けさは静かな朝です。
「つくしこひしの歌」――私達にはもちろんのこと、それをお書きになられた室生さん御自身にも本当に思いがけなかったにちがいないような、純粋な、いじらしいばかりの作品、――それは同時にそんな小説をお書きになろうとは思いもよられなかったであろう「死のいざない」の最近のにがい御経験の中からでなければ、そんなにも甘美に、そんなにも無心に描かれはしなかったろうと思われました。そういう二つの極端のものをいつも御自身の裡にごく自然にお生かしになっていられるのには、それを見出す度にいつもの事ながら私は感嘆の念を禁じ得ません。
あなたの御近作、いまだ拝見しておりませぬのが甚《はなは》だ心残りです。私はどうもこれまですべてに無精で、友人の作品でも、よほどそれを読みたいときに丁度手もとにあるような具合に行かな
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング