たとき、これによって私が神の余のすべての完全性に達することができないのか、また最後に、何故に、かかる完全性に至る力が、もし実際に私のうちにあるならば、かかる完全性の観念を作り出すに十分でないのか、私は理解しないから。
否、かかることは何らあり得ない。すなわちまず第一に、私の知識が一歩一歩増大せられるということ、また未だ現実的にはないところの多くのものが可能的に私のうちにあるということは真であるにしても、かくのごとくことは何ら神の観念に適しない。神の観念のうちには疑いもなく単に可能的であるものは何もない。またこの一歩一歩増大せられるということはまさに不完全性の極めて確実な証明なのである。次に、たとい私の知識は常にますます増大せられるとはいえ、しかも私は、それが、だからといって、決して現実的に無限なものにならないであろうということを理解する、なぜなら私の知識はこれ以上の増大を容れないというところには決して達しないであろうから。しかるに神は、その完全性には何ものも加えられ得ないというように、現実的に無限である、と私は判断するのである。そして最後に、観念の客観的有は、本来からいえば無であると
前へ
次へ
全171ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
デカルト ルネ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング