にして、永遠なる、無限なる、全智なる、全能なる、そして自己のほかなる一切のものの創造者たる、神を理解するところの観念は、有限なる実体を私に示すところの観念よりも、確かにいっそう多くの客観的実在性を己れのうちに有しているからである。
ところでいま、動力的かつ全体的な原因のうちには少くともこの原因の結果のうちにあると同じだけの実在性が存しなくてはならぬということは、自然的な光によって明瞭である。なぜなら、結果は、原因からでなければ、いったいどこから、自己の実在性を得ることができるのであろうか。また、いかにして原因は、自分でも実在性を有するのでなければこの実在性を結果に与えることができるのであろうか。そしてここから、いかなるものも無から生じ得ないということ、なおまた、より多く完全なものは、言い換えると自己のうちにより多くの実在性を含むものは、より少く完全なものから生じ得ないということ、が帰結する。しかもこれは、単に、その実在性が現実的すなわち形相的であるところの結果について明白に真であるのみでなく、また、そのうちにおいてはただ客観的実在性が考察せられるところの観念についてもまた真である。く
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