は存しないと説得したのではなかろうか。否、実に、私が或ることについて私を説得したのならば、確かに私は存したのである。しかしながら何か知らぬが或る、計画的に私をつねに欺く、この上なく有力な、この上なく老獪な欺瞞者が存している。しからば、彼が私を欺くのならば、疑いなく私はまた存するのである。そして、できる限り多く彼は私を欺くがよい、しかし、私は或るものであると私の考えるであろう間は、彼は決して私が何ものでもないようにすることはできないであろう。かようにして、一切のことを十分に考量した結果、最後にこの命題、すなわち、私は有る[#「私は有る」に傍点]、私は存在する[#「私は存在する」に傍点]、という命題は、私がこれを言表するたびごとに、あるいはこれを精神によって把握するたびごとに、必然的に真である、として立てられねばならぬ。
しかし、いま必然的に有る私、その私がいったい何であるかは、私は未だ十分に理解しないのである。そこで次に、おそらく何か他のものを不用意に私と思い違いしないように、かくてまたこのすべてのうち最も確実で最も明証的であると私の主張する認識においてさえ踏み迷うことがないように、注意しなければならない。かるがゆえにいま、この思索に入った以前、かつて私はいったい何ものであると私が信じたのか、改めて省察しよう。このものから次に何であれ右に示した根拠によって極めてわずかなりとも薄弱にせられ得るものは引き去り、かくて遂にまさしく確実で揺がし得ないもののみが残るようにしよう。
そこで以前、私はいったい何であると考えたのか。言うまでもなく、人間と考えたのであった。しかしながら人間とは何か。理性的動物と私は言うでもあろうか。否。何故というに、さすれば後に、動物とはいったい何か、また理性的とは何か、と問わねばならないであろうし、そしてかようにして私は一個の問題から多数の、しかもいっそう困難な問題へ落ち込むであろうから。またいま私はこのような煩瑣な問題で空費しようと欲するほど多くの閑暇を有しないのである。むしろ私はここで、私は何であるかと私が考察したたびごとに、何が以前私の思想に、おのずと、私の本性に導かれて、現われたか、に注意しよう。そこに現われたのは、もちろん、まず第一に、私が顔、手、腕、そしてこのもろもろの部分の全体の機械を有するということであって、かようなものは死骸においても認められ、そしてこれを私は身体と名づけたのである。なおまた、そこに現われたのは、私が栄養をとり、歩行し、感覚し、思惟するということであって、これらの活動を私は霊魂に関係づけたのである。しかしながらこの霊魂が何であるかに、私は注意を向けなかったか、それともこれを風とか火とか空気とかに似た、私のいっそう粗大な部分に注ぎ込まれた、何か知らぬが或る微細なものと想像した。物体については私は決して疑わず、判明にその本性を知っていると思っていた。これをもしおそらく、私が精神によって把握したごとくに、記述することを試みたならば、私は次のように説明したであろう。曰く、物体とはすべて、何らかの形体によって限られ、場所によって囲まれ、他のあらゆる物体を排するごとくに空間を充たすところの性質を有するもの、すべて、触覚、視覚、聴覚、味覚、あるいは嗅覚によって知覚せられ、そして実に多くの仕方で、決して自己自身によってではなく、他のものによって、そのどこかに触れられて、動かされるところの性質を有するものである、と。すなわち、自己自身を動かす力、同じように、感覚する、あるいは思惟する力を有することは、決して物体の本性に属しないと私は判断したのであり、のみならずかような能力が或る物体のうちに見出されることに私はむしろ驚いたのである。
しかし現在、或る極めて有力な、そして、もしそういうことが許されるならば、悪意のある、欺瞞者が、あらゆる点において、できる限り、私を欺くことに、骨を折っていると仮定する場合、どうであろうか。私は、物体の本性に属するとさきほど言ったすべてのものうち極めてわずかなものであれ私が有することを確認し得るものがあろうか。私は注意し、考え、また考える。私が有すると言い得るものには何も出会わない。私は同じことを空しく繰り返すことに疲れる。しからば霊魂に属するとしたものは、どうであろうか。栄養をとるとか歩行するとかいうことは? 実にいま私は身体を有しないのであるから、これもまた作りごと以外の何ものでもない。感覚することは? もちろんこれも身体がなければ存しないものであり、また私は夢において、後になって実際に感覚したのではないと気づいた非常に多くのことを感覚すると思ったのである。思惟することは? ここに私は発見する、思惟がそれだ、と。これのみは私から切り離し得ないのである。私は有る
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