いよ。(金入れを出しながら使の男に向つて)幾ら?
使の男 二十五エール。
ノラ はい、五十エール、いゝえ、おつりは取つてお置き。(使の男禮をいつて去る。ノラは戸を閉めて默つて嬉し氣ににこ/\し續けながら外出仕度のものを脱ぐ。隱しから一袋のパン菓子を取出し一つ二つ喰ひながら、夫のゐる室の扉の側へ爪立足で歩みより聞耳をたて)さうよ、家にゐるわ、ラヽヽヽヽ(右手のテーブルの方へ行きながら又鼻唄をはじめる)
ヘルマー (自分の室で)そこで囀つてるのは家の雲雀かい?
ノラ (忙しげに手近の小包を開きながら)さうですよ。(一つの包みをピアノの傍のマントの下にかくす)
ヘルマー 跳ね廻つてるのは栗鼠さんかい?
ノラ えゝ。
ヘルマー 栗鼠さん、いつ歸つてきたんだい?
ノラ 今歸つてばかし(パン菓子の袋を隱しに忍ばせ口を拭ふ)いらつしやいよ、あなた、買物をしてきたから御覽なさいよ。
ヘルマー うるさいな(暫くして扉を開けペンを持つたまゝ此方を覗いて)買物をした? それを皆かい? 家の無駄使家がまたお金を撒き散してきたね。
ノラ だつてあなた、もういゝわ、少しくらゐお金を使ひに出かけたつて。やつとクリスマスが樂にできるやうになつたんですもの。
ヘルマー おい/\、無駄にお金を使つちやよくないな。
ノラ いゝぢやないの(ヘルマーにすがる)少しでいゝから無駄使ひをさして頂戴、極少しでいゝから、ね? あなた、今に山ほどお金を儲けるんぢやありませんか。
ヘルマー そりや新年からはさうだが、しかし給料の手に入るまでには、まだまる三月もあるからな。
ノラ 構ふもんですか、その間借金して置けば。
ヘルマー ノラ! (女の方へ行つて戲れに耳を引つ張り)相變らず暢氣だなあ。まあ假に今私が五百クローネも借りたとするぜ、それをお前がクリスマスの間に使つてしまふ、そして年越しの晩に屋根から瓦が落ちてきて俺の腦天を割つたとする――
ノラ (男の口に手を當てゝ)嫌よ/\! 何て嫌なことをおつしやるの(自分の耳をふさぐ)
ヘルマー まあさ、さうなつたと假定する――さうするとどうなるだらう?
ノラ そんな大變な騷ぎになつちや借金のことなんか考へてやしません。
ヘルマー けれども貸した人はどうする?
ノラ 貸した人? 誰が構ふもんですか、赤の他人ぢやありませんか。
ヘルマー こら、ノラ! お前は何といふ女だ、まあ眞面
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