りましたよ、わかりましたよ。あなたはすつかり私のことばかり考へていらつしやるのでせう!
ヘルマー さうして、歸る時には、お前のそのすべ/\した柔かな肩から輝くやうな首のあたりへショールをかけてやつて、私はお前を花嫁だと想像してみる。結婚式が丁度濟んで、お前を始めて私の家へ連れて來る。そして始めて、たつた二人で全く他人を交ぜないで差向ひでゐると、お前の震へてゐるのが何ともいへず美しい。こんなことを考へて、今夜は、私、一晩中、たゞもうお前のことばかり思ひ詰めてゐたよ。お前がタランテラを踊つて身體を搖つたり、ぐるぐる廻つたりしてゐるのを見た時には――私の血は煮えくり返つた――愈々我慢がし切れなくなつて、それで私はあんなに早くお前を連れて歸つたんだよ。
ノラ あなた! あちらへ行つて下さいよ。そんなことは聞きたくないから。
ヘルマー どういふ譯なんだ? あゝ、お前は俺をじらしてゐるな! いけないよ――いけないよ、私はお前の夫ぢやないか。
[#ここから3字下げ]
(外の戸を叩く音)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ノラ (立ち上る)聞えましたか?
ヘルマー (廊下の方へ行きながら)誰ですか?
ランク (外で)私ですよ、ちよつと入つてもいゝですか?
ヘルマー (低い調子でいら/\して)えゝ、何の用事なんだらう? (聲高に)ちよつと待つた(戸を開ける)さあ、どうぞ、よく寄つて下すつた。
ランク 君の聲が聞えたやうだつたから、それでふと思ひ出してね(見廻す)あゝ、この部屋も隨分古い馴染だが、お二人で睦まじさうですね!
ヘルマー 君は二階でも隨分愉快さうに見えたね。
ランク 非常に愉快だつた。でなくつてまたどうするものか? この世で得られるだけの愉快をして惡いといふ法はないだらう? 出來るだけの愉快を出來るだけ長くやるがいゝさ。今夜の葡萄酒はうまかつたね。
ヘルマー シャンペンが特別に良かつたね。
ランク 君も氣がついたかね? 私が喉へ流し込んだ分量だけでも隨分なものだらう。
ノラ トル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルトも隨分シャンペンを飮みましたよ。
ランク さうでしたか?
ノラ えゝ、シャンペンを飮みますとね、いつもとても上機嫌になるのですよ。
ランク 結構です、働き甲斐のある一日を送つた後で、一晩愉快を盡すに不思議はありませんから
前へ 次へ
全74ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
イプセン ヘンリック の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング