那にて伯夷《はくい》叔齊《しゅくせい》の高潔を真似るにあらずして、創業費の乏きを補わんが為めにして、実に都下及び便利の地に住して衣喰《いしょく》するの人として决して知るべからざる事にして、かかる卑吝《ひりん》を記《き》するは或は耻ずるが如きも、然れども未開地に於て成効を方針とするに於ては、尚此れよりも衣喰に於ける幾多の困難に当るを以て、甘じて実行せざるべからず。予が此実際よりは更に困苦と粗喰とを取るは、未開地を開墾するの農家の本分たり。ああ創業の難《かた》いかな。
蕨蓬を採るの時は、樹皮の籠を用いたるも、然れども籠は歩行するにぶらぶらとして邪魔となり、或は小虫を払うにも不便なるを以て、更に木綿袋に換えたり。此れにて小虫を払うも手軽くなりて、大に便利となりて、蕨蓬を採るの量多きを喜びつつ、日々出でて採る事とせり。又小虫を払う事にも慣れて、成丈《なるたけ》小虫の集らぬ様に避け、或は払うて、左手《ゆんで》に蕨を握り、且つ小虫を払い、右手《めて》にて採る。左手に握り余る時は、袋に入れ、又袋に余りある時は叺に入れて、其重さ六七貫目以上に至る時は、其重さに耐うる事能わざるを以て帰るとするも、然れど
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