那にて伯夷《はくい》叔齊《しゅくせい》の高潔を真似るにあらずして、創業費の乏きを補わんが為めにして、実に都下及び便利の地に住して衣喰《いしょく》するの人として决して知るべからざる事にして、かかる卑吝《ひりん》を記《き》するは或は耻ずるが如きも、然れども未開地に於て成効を方針とするに於ては、尚此れよりも衣喰に於ける幾多の困難に当るを以て、甘じて実行せざるべからず。予が此実際よりは更に困苦と粗喰とを取るは、未開地を開墾するの農家の本分たり。ああ創業の難《かた》いかな。
蕨蓬を採るの時は、樹皮の籠を用いたるも、然れども籠は歩行するにぶらぶらとして邪魔となり、或は小虫を払うにも不便なるを以て、更に木綿袋に換えたり。此れにて小虫を払うも手軽くなりて、大に便利となりて、蕨蓬を採るの量多きを喜びつつ、日々出でて採る事とせり。又小虫を払う事にも慣れて、成丈《なるたけ》小虫の集らぬ様に避け、或は払うて、左手《ゆんで》に蕨を握り、且つ小虫を払い、右手《めて》にて採る。左手に握り余る時は、袋に入れ、又袋に余りある時は叺に入れて、其重さ六七貫目以上に至る時は、其重さに耐うる事能わざるを以て帰るとするも、然れども小屋を離るる僅に六七丁なるも、然れども予が肩に負う事は旅行の際には二貫目ばかりの重きを以てするのみ。依て六七貫目以上の重量に至《いたっ》ては、強て耐忍する時は両肩は其重さにより圧《お》されて、其|疼《いた》みに耐《たゆ》る事能わざるを以て、其重さに困る事を知るも、蕨を採るの際には少しにても多く採らんと欲するに傾きて、知らず識らず多きに至れり。依て帰路は僅に六七丁なるも、然れども既に帰路に臨む時は、漸く十間以上を歩行する時は、重荷の為めに両肩疼み、強て忍ぶも呼吸は促迫《そくはく》し、尚忍ぶ時は涙と鼻汁とは多く流れ出で、両肩の疼み次第に増すを以て、両手を後《うしろ》にまわし叺の底を持ちあげて肩の重きを軽《かろ》くするなり。然るに肩は軽くなるも両手に久《ひさし》く耐《たう》る事能わず。依て亦両手の労を休まんとして両手を前にする時は、直《ただち》に叺を両方より結びたる藁縄に喉頭《のどくび》を押《おし》しめて呼吸|絶《たえ》なんとして痛みあり。依て亦両手にて藁縄を下方に引く時は、喉頭《こうとう》を押すは※[#「冫+咸」、197−3]ずるも尚肩の疼みは増加するのみならず、両肩は前後より圧迫せられ
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