らぬ。このことによつて時より永遠に亙る死の嚴肅深刻なる意義ははじめて貫徹されるであらう。
以上の如く、死後の生に關して歴史的に與へられたる表象のうちでは、復活が最も卓れたるものであるに相違ないが、それは一旦無に歸したるものが無の中より新たに有へ呼戻されるといふ意に解されねばならぬ。言ひ換へれば、死後の生は創造によつてのみ可能である。しかしてこのことは、事新しくいふまでもなく、惠みの賜物であるを意味する。靈魂不死性乃至それに類する死後の生の思想において根本的誤謬と認むべきは、人間的主體が、或はそれ自らに内在する本質の單獨の力により、或は客觀的世界乃至それの背後に立つ神の聰明有力なる援助により、いづれにせよ自らの力によつて、死に打勝ちつつ固有の存在を繼續するとなす點に存する。この思想の根源を突止めれば、有はあくまでも有であり、自己はあくまでも自己であり、他者と相容れず無を斥けるといふ自然的文化的生並びにそれの惡しき有限性と根本惡との立場に還元される。この立場即ち現實的生の立場に立つ以上、有が底の底まで無であるといふこと、自己が殘る隈なく他者の象徴となるといふこと、は考へ難き事である。永遠
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