、絶望的努力に耽るやうな人間的主體に對しては、勿論罪が存在せぬ如く赦しも亦空想に過ぎぬであらう。しかしながら罪の事實が一たび視界に入つた以上、罪の赦しの基本的重要性はたちどころに明かになるであらう。底知らぬ無の淵に惠みの手に支へられてわづかに墜落を免れてゐる有限的主體にとつては、惠みに對する反逆である罪惡は壞滅を意味する外はない。惡しき有限性の方向へとはいへ、とに角主體としての存立を保つてゐることそのことがすでに反逆を反逆として認めぬ惠みの賜物なのである。この世この生そのものがすでに罪の赦しの上に立つてゐる。それは個々の行爲に對してはじめて發動するといふが如き生やさしき表面的な事柄ではない。ここよりして吾々は神の創造が永遠的存在の根柢にあるばかりでなく、時間的存在そのものも創造の惠みによつて成立つことを知り、あらゆる厭世的世界觀を免れうるであらう。あらゆる覺束なさ醜さあらゆる惱み苦しみあらゆる虚僞不徳不明あらゆる爭鬪破壞にも拘らず、人間の生は、文化の方面においても人倫の方面においても、神聖なる全能なる愛の力によつて支持されてゐる。自然的文化的生が根もと深く罪を宿しながらなほ神の惠みを容
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