に強調した如く、それの根源的意義においては、有の無への沒入、存在の壞滅である。それ故過去の徹底的克服が永遠性の第二の本質的特徴でなければならぬ。然らば將來はいかになるであらうか。これは永遠においても保存される。根源的時間性においては將來は實在的他者を指さす。彼方より來るものを迎へ待ち受ける主體の態度において將來は成立つ。永遠的存在と愛とにおいても、實在的他者として又それよりして、即ち彼方より、來るものを迎へる態度は依然留まる故、否それどころか、かかる態度こそ愛の本質的性格をなす故、永遠においても將來は保存される。永遠を成立たしめる愛が他者と主體との生の純粹完全なる共同であるに應じて、永遠そのものは將來と現在との純粹完全なる合一である。このことによつて現在も將來も面目を全く一新する。この世の生の基礎をなす自然的生においては、來るを迎へることは一方現在の成立を意味しその限り主體と他者との共同の微弱ながらも準備をなすのであるが、他方現在の壞滅を意味し却つてあらゆる共同を妨碍し不可能ならしめる。之に反して永遠においては、主體は來るを迎へることによつて無を克服しあらゆる壞滅を免れる。「將來と現在
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