形において神の創造に屬し、殊に純粹客體として自然的生に對して優越性を保ちつつそれよりの解放を企てるイデアは、神の愛と何等かの深き聯關に立つであらう。このことは、すでにのべた如く、人倫的共同を制約乃至媒介する秩序や法則についてはすでに明かに斷言しうる事であるが、その他の場合哲學が對象となすすべてのイデアについても、明確に規定することは困難とするも、推測はなしうるであらう。かくの如くにして物の世界との交渉も、根源まで遡れば、神との對話と名づけうるであらう新たなる意味を發揮するであらう。文化的活動も單なる自己實現に留まるを止めて神の言葉の實現となるであらう。人倫的共同と文化的活動とが現實の生において親密なる聯關に立つを思へば、文化的活動も、人に對する愛と聯關して、神の愛に對する人の答へとして人の神への愛の特殊の形態として、永遠性に參與しうるであらう。
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(一) 物と人との區別に關しては「宗教哲學」二九節以下參看。
(二) この問題は最近キリスト教神學において「自然的神學」(theologia naturalis)の問題として盛に論議された。「宗教哲學序論」一四節以下參看
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