である。實在するものは決して他の實在者をわがうちに容れず、他者の侵害に對し飽くまでも抵抗をなす。このことは、更に立入つて推究めれば、實在者は主體性において自己主張の動作において成立つことを意味する。それ故自と他との兩實在者の交渉は、若し直接性においてのみ即ち兩者本來の傾向に任せたままで行はれるとすれば、一方の或は双方の、しかして他なくして一のみあることは本質上不可能である故いづれにせよ双方の、壞滅にをはる外はないであらう。かかる歸結に到達せぬ限り即ち自他共存が或る程度成立つてゐる限り、そのことは、他者が他者性超越性を保ちながら、しかも自他相通ずる何ものかによつて主體と相結ばれてゐることを必要とする。生が本質的に他者への生である以上、このことはそれのいづれの段階においても何等かの形において行はれねばならぬ。この任務に當るのが即ち象徴である。象徴は、理解を試みようとする場合、即ち反省と自己表現との立場に立つて取扱はうとする場合、極めて不可解なる殆ど自己矛盾的なる事柄として現はれるであらうが、吾々が現に生きる限りそのことと共に最も根源的なる事實であり、從つて存在の最も基本的なる原理である。日
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