ば、あらゆる性質・資格あらゆる價値觀念は全く超越乃至克服される。いづれにせよ共同を理由づける何ものも存在しない。尤もいつまでも努力の性格を脱し切れぬ現實的生においては、アガペーは自己實現の努力の土臺の上に建設されねばならぬ故、それは先づ、他者によつてのみ規定され從つてあらゆる媒介的規定の制約を離脱した點において、又その意味において、自由なる共同への努力の形を取らねばならぬであらう。
 主體性は自己の存在の主張であり從つて愛の共同も自己實現の地盤にのみ發育し得るといふ事態はアガペーの本質の理解を甚しく困難ならしめた。アリストテレスがすでに洞察した如く、人間性の立場においては、いかなる愛も根源においては自愛なのである(三)。それ故アガペーの體驗に惠まれた人々も、それの理解へと自己省察を試みる場合には、人間的主體の基本的性格をなす自己實現の姿に眩惑されて、アガペーの特殊の性格を見失ふ恐れがある。後の思想に深甚の影響を及ぼしたアウグスティヌスの如きその事の最も顯著なる一例と見るべきであらう(四)。彼においては caritas ――ラテン語において agape に當る――は自愛(amor sui
前へ 次へ
全280ページ中182ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
波多野 精一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング