してある。進まうとすれば何ものかへ進み、伸びようとすればどこかへ伸びる。吾々はこの現實の事態より抽象して單純にひたすらに外へと伸びる力だけを表象することは出來る。しかしながら、かくの如き力がそれ自體に實在すると、言ひ換へれば、かくの如くただ徒らに當てもなくいはば眞空へと伸び擴がる力に主體の本質が存すると、考へるならば、それは空想を現實として押賣りしようとするにも等しいであらう。今對手なき、他者との交渉を離れたる絶對的主體といふ觀念が、それ自身矛盾なしに成立ち得ると假定すれば、それはそれを客觀的事態として眞理として表象し承認し主張する主體の存在を俟つて、すなはち客體的他者としての存在を保つことによつて、はじめて可能であるといふことを、吾々は特に銘記すべきである。主體性從つて實在性の兩面性――即ち一方自己主張であるものが他方他者との關係交渉であること、他者への生としてのみ自己の存在への存在が成立つこと――ここに生の最も根本的なる問題が宿つてゐる。時間性と永遠性との問題もここに胚胎する。
 吾々は今、すでに論述した所に基づいて、愛及び共同の觀點よりして、生の諸段階の特質に關し考察を進めよう。
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