死性の思想はこの歸結を要求するであらうが、プラトンは、オルフィク教の影響の下にかれが説いた終末論の示す如く、一定の期間にこの練習を限局した。しかしながら更に一層根本的なる矛盾は練習を必要としたそのことに見られる。靈魂がそれ自らとしてすでに超時間的であるならば、何故に練習を要するのであらうか。尤もプラトン自身もこの論證には理論的滿足を感じなかつた。かれは結局これを抛棄して次の(即ち最後の)論證へと移つて行つた。要するに、彼にとつては魂ひの眞の永遠性は、いついづこにおいても實現され得る乃至されねばならぬ永遠者の觀想においてのみ成立つのであるが、神祕主義者の如くかりそめの氣分や感激に絶對的信頼を置く能はず、主體の現實的生が活動であり自己實現であることを明かに覺るだけの着實さを持つてゐた彼は、つひに收拾し難き混亂に陷つたのである。
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第七章 永遠性と愛
一 エロースとアガペー
三一
時間性の上に出でそれに打勝たうとする傾向は文化的生においてもすでに存在した。否、時間性の克服は文化的生の本質に具はる最も固有の傾
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