間性を離脱し過去現在將來の別を超越して、とこしへに變らぬいつも同じき存在を保つ。かくの如き無時間的超時間的存在こそ哲學が永遠性と名づけるものである。これらの諸點についてはもはや立入つて繰返へす必要はないであらう。かくの如き純粹觀想においては對象從つて他者と主體との間に極めて親密なる共同が成立つ。活動において存在した客體面の凹凸、自己性と他者性との間の緊張はここでは取除かれ、僅かに客體が客體として成立ち得るだけの他者性しか殘り留まらぬ故、主體(自我)と他者との間に成立つ一致和合は最高度のものである。それ故、この立場においては、哲學における乃至哲學によつて到達される主體と對象との間柄は、愛の最も優秀高級なるものと看做さるべきであらう。歴史的事實としては、プラトンが最も勝れたる意味においてエロースの名をそれに與へて以來、アリストテレスやプロティノスを始めとしてかれの思想の影響の下に立つた思想家たちのうちには、何等かの形において直觀と愛との、取分け神の(に對する)直觀と愛との、同一性乃至極めて親密なる聯關を説いたものが多い。後の思想に深き影響を及ぼしたアウグスティヌスの caritas(愛)の思想においても、それと神の直觀との關係は、それが或は後者の前階であるかの如く或は後者を包含するかの如く幾分の不明瞭を留めてはゐるものの、極めて親密であつたことは爭ふべくもない(四)。スピノーザの amor dei intellectualis(神の知的愛)の如きも最も傑出した一例として擧ぐべきであらう。
しかして、哲學における純粹觀想が文化的生の本質をなす自然的生よりの解放の徹底である如く、哲學の本質をなす純粹客體としての眞理への愛も亦文化的エロースの徹底化である。エロースは對手の實在者との共同を觀念的存在者をして媒介せしめる。かかる媒介者こそそれにとつては直接的交渉に立つ他者なのである。今自然的生との聯關を斷ち切り從つてあらゆる土臺と支柱とを取除いて、直接的交渉者の獨立性を設定し貫徹したとすればどうであらうか。そこに現はれる姿は純粹客體との共同としてのエロースの外はないであらう。時間性よりの離脱はかくの如き飛躍上昇を要求するであらう。この點に關してもプラトンは(「饗宴」篇において)示唆に富んだ先蹤を遺した。愛は先づ自然的實在者即ち人又は物、特に人に向ふ。その際媒介をなすは美である。しかるに美しき對象への愛は又他方「よきものが永遠に自己のものであること」へと向ふ。すなはち善において價値において自己を實現しつつ永遠性不死性を獲得することがエロースの努力の向ふ所である。その際美は、善の特に優秀なるものとして、結局一切の價値を支配し包括する。さて、愛がなほ自然的實在者へと向ふ間は、不死性(永遠性)は、或は子孫における生の存續の如き或は後の世に遺される不滅の名不朽の功績の如き、いはば間に合はせの代用品をもつて滿足せねばならぬ。しからば眞の不死性はいかにして獲得されるか。自然的實在者との聯關を斷ち切ることによつて。すなはち、主體は先づ活動より觀想へと轉じる。次にそれは美しきものの段階を、物質的のものより精神的のものへ自然的のものより文化的のものへと、しかも特にそれらを美しくあらしめる共通性に注意を拂ひつつ、一段一段と昇る。昇り切つた處突然眼前に立現はれるものは何であらうか。美そのもの――時や處やその他すべての關係性を超越し、基體としての自然的實在者をも離脱し、それ自らとしていつも同一なる自己の姿と生ずることも滅びることもなき永遠の存在とを保つ、自主獨立的存在者としての美、美のイデア――のくすしく妙へなる姿である。この純粹形相の直觀において主體は客體と完全なる合一を遂げかくて不死性(永遠性)を成就する。
ソクラテスとの比較は甚だ興味深き聯關と對照とを示すであらう。かれにおいてはエロースは指導者と被指導者との間に成立つ生の共同であり、その共同は實踐的人倫的活動の諸能力を養ふに必要なる識見の獲得を目的とする。その場合それらの諸能力の定義即ち概念規定に關して論議は交はされるも、それはかの主要目的達成の一手段に過ぎぬ故、概念的認識が獨立性や優越性を主張するやうなことは全く見られない。アリストテレスは、認識の原理に關して歸納法と普遍的概念規定とを發見乃至主張したことを、ソクラテスの功績として擧げた(五)。すなはち彼の解釋によれば、ソクラテスは物の本質が概念的普遍者に存するといふ眞理を發見し、ひたすら概念的規定即ち定義の獲得へと努力したといふのである(六)。しかしながらこれは、アリストテレスが自己の哲學的立場より、即ちソクラテスをもわが先驅者となさうとする意圖より、下した主觀的解釋に過ぎず、ソクラテスにおいてはむしろ一切が實踐的なるものを目指したことは、かれの著しき
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