も第二の自己である(一)。愛において主體は、わが生わが自己が近きもの狹きもの小なるものより出で、いかに遠きもの廣きもの大なるものをも恐れずに伸び行き擴がり行き、つひには全き世界一切の存在をも支配の鵬翼の下に收めるに至るを知るであらう。かくて根源的空間性即ち自と他とを隔てる外面性は全く克服されるやうに見える。しからば時間性はどうであらうか。もはや繰返へすを要せぬ如く、文化的生の主體即ち自我はいつも現在において生きる。それの時間的性格は現在である。ここでは現在は過去をも將來をも單なる内容として部分としてわがうちに包括する。それ故エロースにとつても嚴密には現在があるのみである。愛せられるものの過去も將來も今現に有るもののやうに愛する我の關心を呼ぶ。いかに遠き昔もいかに遙かなる後の世も愛の感激を斥けぬ。愛の幸福は來つて加はるであらう何ものをも又缺けて去り行くであらう何ものをも知らぬ。愛はいつも一切を所有する。愛の歡喜に充たされるならば一瞬時も全き永遠そのものである。
しかしながらこれが砂上の樓閣に過ぎぬことは、文化的時間性について論じた所によつてすでに明かであらう。一切を支へる全能の現在は實は絶え間なく滅び行く現在なのである。文化的生が自然的生の土臺の上に立つ以上、愛も後者の性格によつて制約されるを免れぬ。自然的生において發見されたる主體性の二重性格は、形を變へて文化的生にも入込み、生の根本の蟲食み自己矛盾に倒れしめる。愛も主體の自己實現として活動の性格を擔はねばならぬ(二)。しかるに活動は自己性と他者性との兩契機の必然的竝立と從つて兩者間の必然的緊張とに基づく。客體にとつては、主體に對して他者であることが本質的であるが、又自己實現自己表現の意味と任務とを有するものとして、主體の自己性に屬することが同樣に本質的である。一方のみの徹底はいづれも生の破壞にをはらねばならぬであらう。他者性のみ徹底すれば、生は自然的直接性に逆轉する外はない。共同は全く影をひそめねばならぬであらう。之に反して自己性のみ徹底すれば、自己を實現し盡した主體は生の中心を失ひ、生の源の枯れ果てることによつて、他の觀點より言ひ換へれば、他者を餘す所なく併呑しもはや働きかけるべき何ものをも對手として有せぬことによつて、自ら自滅の墓穴を掘るであらう。自己性と他者性との間の不一致は活動としての生を可能ならしめるが、又絶えず流れ絶えず移りつついつまでも未完成のまま斷片的のままに止まることをその生に強ひる。そのことに應じてエロースとしての共同はいつも斷片的不安定的である。愛は他者に達し他者を所有してはじめて滿足する。しかるにここでは得るは即ち失ふであり、滿足はいつも新たなる不滿足に早變りする。プラトンの巧妙なる寓話の教へる如く、エロースは、「貧しさ」(Penia)が己が苦境を遁れようとして「工面の善さ」(Poros)と野合を遂げて生んだ混血兒に外ならぬ(三)。他者への憧れ他者への思慕こそこの愛の本質である。
愛は永遠について語るを好み永遠に變らぬを誓ひさへもするが、文化的生の段階において從つて人間性の及ぶ限りにおいては、時間性の覊絆を脱することの不可能は明かである。愛において主體は他者との共同を求めるが、その共同が成立つことは、言ひ換へれば、他者が自己のうちに取入れられることは、取りも直さず、共同の消滅と新たなる共同への新たなる希求とに外ならぬであらう。共同の可能なるためには他者が飽くまでも存立することが必要である。かかる他者は實在的他者に求める外はない。このことは自然的生が文化的生の基體としていかに重要なる役割を演じてゐるかを指し示すであらう。しかるにこの自然的生はそれの二重性格によつてあらゆる活動を從つて愛をも自己矛盾に陷らしめ、かくて時間性の桎梏に呻かしめる。それ故時間性を克服し永遠性を成就するためには、自然的生そのものを、從つてそれと聯關して、活動としての生の性格を克服せねばならぬ。しかしてこのことは他者との間に搖ぎなき生の共同を確立するを意味する。主體も他者も衝突や侵害によつて互の存在を壞滅に陷れるを止め、かくして兩者の間に一致和合の完成を見るに至つたならば、生のあらゆる不安定性未完成性斷片性はおのづから跡を絶ち、永遠性はそれの充ち足る姿を現はすであらう。
さてこの任務の遂行には古へより哲學と宗教とが當つてゐる。哲學的永遠性即ち無時間性についてはすでに詳しく論述した。觀想は活動の一種でありながら、しかも活動の性格の克服、更に根源まで遡れば、自然的生の支配よりの解放を目指して動く。從つてそれの行へは、他者としての客體が全く自然的實在者との聯關を打切つて、自由獨立なる自主的存在を確保した處に存せねばならぬ。哲學が對象とするものはかかる純粹客體である。純粹客體は一切の時
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