實在者も永遠的實在者の象徴となつた。このことはかなたの世において徹底と完成とを見るであらう。自然の盲目的抵抗は神の尊嚴と榮光とに變はるであらう。この世の藝術や知識は滅びるであらうが、神の言葉があらゆる形容を絶したる美しき淨き姿として響きとして、わが永遠の耳目を充たすであらうことを誰が否定し得ようか。この世においては文化的生の優越性に應じて觀念が權威を揮つた。愛が又永遠的實在性が唯一の存在であるかなたの世においては、神の神聖なる囘想力は却つてむしろこの世において輕んぜられた具體的個體的内容に復活の優先權を許すやも計られぬ。この世のままなる人倫的關係はかの世においては滅びるであらう。しかしながらこの世においてすでに神意を傳へ得たものは、かなたの世において更に明かに力強く同じ言葉を語るのではなからうか。かの世にての再會といふが如き通俗的信念も、無造作に根も葉もなき迷信として貶すことは、この世の智慧を恃んで神の眞實《まこと》を裏切る業であり得ぬと、誰が言ひ切りうるであらうか。
 要するに、來らむ世においては、この世における人も物も、又人と物との交はりも、その形のままでは滅びる。しかしながら、それの内容は、從つて文化及び自然の内容も、永遠の囘想によつて無より有に呼び戻される限り、壞滅より救ひ出されて、一切であり又一切を包む無限の愛を、神と人と又人と人とを往來する滅びぬ生を、有らしめ乃至豐かにするものとなるであらう。
[#ここから2字下げ]
(一) 二七節以下參看。
(二) 二五節、二六節參看。
[#ここで字下げ終わり]



底本:「時と永遠」岩波書店
   1943(昭和18)年6月25日第1刷発行
   1967(昭和42)年6月30日第8刷発行
※(一)(二)等は注釈番号です。底本では、直前の文字の右横に、ルビのように付いています。
※底本では、「”」の二点は右下に、「“」の二点は左上に、置かれています。
入力:三木睦明
校正:松永正敏
2006年11月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全140ページ中140ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
波多野 精一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング