しかるに美しき對象への愛は又他方「よきものが永遠に自己のものであること」へと向ふ。すなはち善において價値において自己を實現しつつ永遠性不死性を獲得することがエロースの努力の向ふ所である。その際美は、善の特に優秀なるものとして、結局一切の價値を支配し包括する。さて、愛がなほ自然的實在者へと向ふ間は、不死性(永遠性)は、或は子孫における生の存續の如き或は後の世に遺される不滅の名不朽の功績の如き、いはば間に合はせの代用品をもつて滿足せねばならぬ。しからば眞の不死性はいかにして獲得されるか。自然的實在者との聯關を斷ち切ることによつて。すなはち、主體は先づ活動より觀想へと轉じる。次にそれは美しきものの段階を、物質的のものより精神的のものへ自然的のものより文化的のものへと、しかも特にそれらを美しくあらしめる共通性に注意を拂ひつつ、一段一段と昇る。昇り切つた處突然眼前に立現はれるものは何であらうか。美そのもの――時や處やその他すべての關係性を超越し、基體としての自然的實在者をも離脱し、それ自らとしていつも同一なる自己の姿と生ずることも滅びることもなき永遠の存在とを保つ、自主獨立的存在者としての美、美のイデア――のくすしく妙へなる姿である。この純粹形相の直觀において主體は客體と完全なる合一を遂げかくて不死性(永遠性)を成就する。
 ソクラテスとの比較は甚だ興味深き聯關と對照とを示すであらう。かれにおいてはエロースは指導者と被指導者との間に成立つ生の共同であり、その共同は實踐的人倫的活動の諸能力を養ふに必要なる識見の獲得を目的とする。その場合それらの諸能力の定義即ち概念規定に關して論議は交はされるも、それはかの主要目的達成の一手段に過ぎぬ故、概念的認識が獨立性や優越性を主張するやうなことは全く見られない。アリストテレスは、認識の原理に關して歸納法と普遍的概念規定とを發見乃至主張したことを、ソクラテスの功績として擧げた(五)。すなはち彼の解釋によれば、ソクラテスは物の本質が概念的普遍者に存するといふ眞理を發見し、ひたすら概念的規定即ち定義の獲得へと努力したといふのである(六)。しかしながらこれは、アリストテレスが自己の哲學的立場より、即ちソクラテスをもわが先驅者となさうとする意圖より、下した主觀的解釋に過ぎず、ソクラテスにおいてはむしろ一切が實踐的なるものを目指したことは、かれの著しき
前へ 次へ
全140ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
波多野 精一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング