のように青くて、宝石のような美しさです。
「ふうむ。わしはこの年になるまで、こんな綺麗なすみれは見たことはない。」
と思わず感嘆しました。けれど、それが余り淋しそうなので、
「すみれ、すみれ、お前はどうしてそんなに淋しそうにしているのかね。」
と尋ねました。
すみれは、黙ってなんにも答えませんでした。
その翌日、じいさんは、いよいよ町へ出発しようと思って、わらじを履いている時、ふと昨日のすみれを思い出しました。
すみれは、やっぱり昨日のように、淋し気に咲いて居ります。じいさんは考えました。
「わしが町へ行ってしまったら、このすみれはどんなに淋しがるだろう。こんな小さな体で、一生懸命に咲いているのに。」
そう思うと、じいさんはどうしても町へ出かけることが出来ませんでした。
そしてその翌日もその次の日も、じいさんはすみれのことを思い出してどうしても出発することが出来ませんでした。
「わしが町へ出てしまったら、すみれは一晩で枯れてしまうに違いない。」
じいさんはそういうことを考えては、町へ行く日を一日一日伸ばして居りました。
そして、毎日すみれの所へ行っては、水をかけてやったり、こやしをやったりしました。その度にすみれは、うれしそうにほほ笑んで
「ありがとう、ありがとう。」
とじいさんにお礼を言うのでした。
すみれはますます美しく、清く咲き続けました。じいさんも、すみれを見ている間は、町へ行くことも忘れてしまうようになりました。
或日のこと、じいさんは
「お前は、そんなに美しいのに、誰も見てくれないこんな山の中に生れて、さぞ悲しいことだろう。」
と言うと
「いいえ。」
とすみれは答えました。
「お前は、歩くことも動くことも出来なくて、なんにも面白いことはないだろう。」
と尋ねると
「いいえ。」
と又答えるのでした。
「どうしてだろう。」
と、じいさんが不思議そうに首をひねって考えこむと
「わたしはほんとうに、毎日、楽しい日ばかりですの。」
「体はこんなに小さいし、歩くことも動くことも出来ません。けれど体がどんなに小さくても、あの広い広い青空も、そこを流れて行く白い雲も、それから毎晩砂金のように光る美しいお星様も、みんな見えます。こんな小さな体で、あんな大きなお空が、どうして見えるのでしょう。わたしは、もうそのことだけでも、誰よりも幸福なの
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