たが、すぐ帰って来て、
「はははは。目玉を入れるのを忘れていました。驚いたですか。さっき洗ったものですから――」
そう言って尾田に掌手《てのひら》に載せた義眼を示した。
「面倒ですよ。目玉の洗濯までせねばならんのでね」
そして佐柄木はまた笑うのであったが、尾田は溜まった唾液《つば》を呑み込むばかりだった。義眼は二枚貝の片方と同じ恰好《かっこう》で、丸まった表面に眼の模様がはいっていた。
「この目玉はこれで三代目なんですよ。初代のやつも二代目も、大きな嚏《くさめ》をした時飛び出しましてね、運悪く石の上だったものですから割れちゃいました」
そんなことを言いながらそれを眼窩《がんか》へあててもぐもぐとしていたが、
「どうです、生きてるようでしょう」
と言った時には、もうちゃんと元の位置に納まっていた。尾田は物凄い手品でも見ているような塩梅《あんばい》であっけに取られつつ、もう一度唾液を呑み込んで返事もできなかった。
「尾田さん」
ちょっとの間黙っていたが、今度は何か鋭いものを含めた調子で呼びかけ、
「こうなっても、まだ生きているのですからね、自分ながら、不思議な気がしますよ」
言い終わると急に調子をゆるめて微笑していたが、
「僕、失礼ですけれど、すっかり見ましたよ」
と言った。
「ええ?」
瞬間|解《げ》せぬという風に尾田が反問すると、
「さっきね。林の中でね」
相変わらず微笑して言うのであるが、尾田は、こいつ油断のならぬやつだと思った。
「じゃあすっかり?」
「ええ、すっかり拝見しました。やっぱり死にきれないらしいですね。ははは」
「………」
「十時が過ぎてもあなたの姿が見えないのでひょっとすると――と思いましたので出かけてみたのです。初めてこの病室へはいった人はたいていそういう気持になりますからね。もう幾人もそういう人にぶつかって来ましたが、まず大部分の人が失敗しますね。そのうちインテリ青年、と言いますか、そういう人は定まってやり損いますね。どういう訳かその説明は何とでもつきましょうが――。すると、林の中にあなたの姿が見えるのでしょう。もちろん大変暗くて良く見えませんでしたが。やっばりそうかと思って見ていますと、垣を越え出しましたね。さては院外《そと》でやりたいのだなと思ったのですが、やはり止《と》める気がしませんのでじっと見て
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