つ》な職人に指させたくないと思って、職人を捜して居りました処、親方はお心掛が潔白で、指物にかけては京都の利齋当地の清兵衛親方にも優《まさ》るという評判を聞及びましたから、此の仕事をお願い申したいので、手間料には糸目をかけません、何うぞ私《わたくし》が先祖への孝行にもなる事でございますから、この絵図面を斟酌《しんしゃく》して一骨《ひとほね》折ってはくださるまいか」
と仏壇の絵図面を見せますと、長二は寸法などを見較べまして、
長「成程随分難かしい仕事ですが、宜《よ》うがす、此の工合《ぐあい》に遣《や》ってみましょう…だが急いじゃアいけませんよ、兎も角も板を遣《よこ》してお見せなさい、板の乾き塩梅《あんばい》によっちゃア仕事の都合がありますから」
助「はい、承知いたしました……そんなら明朝《みょうあさ》板をよこすことに致しましょう……えゝ是は少のうございますが、御注文を申した印までに上げて置きます」
と金子を十五両鼻紙に載せて差出しますを、長二は宜《よ》く見もいたさずに押戻しまして、
長「板をよこして注文なさるんですから手金なんざア要《い》りません、出来上って見なければ手間も分りませんから、是はお預け申して置きます」
助「左様いう事ならお預かり申して置きますから、御入用《ごいりよう》の節は何時《なんどき》でも仰しゃってお遣《つか》わしなさい」
と金子を懐中に納めまして、
助「これはお仕事のお邪魔を致しました……そんなら何分《なにぶん》宜しくお願い申します、お暇というはございますまいけれど、自然浅草辺へお出での節はお立寄り下さい」
と暇《いとま》を告げて助七は立帰り、翌日桑の板を持たせて遣りましたが、其の後《のち》長二から何《なん》の沙汰もございません。助七は待遠《まちどお》でなりませんが、長二が急いではいけないと申した口上がありますから、下手に催促をしたら腹を立つだろうと我慢をして待って居りますと、七月目《なゝつきめ》に漸々《よう/\》出来上って、長二が自身に持ってまいりましたから、助七は大喜びで、長二を奥の座敷へ通しました。此の時助七は五十三歳で、女房は先年|歿《なくな》って、跡に二十一歳になる忰《せがれ》の助藏《すけぞう》と、十八歳のお島《しま》という娘があります。助七は待ちに待った仏壇が出来た嬉しさに、助藏とお島は勿論、店の番頭手代までを呼び集めて、一々長二に引合わせ、仏壇を見せて其の伎倆《うでまえ》を賞《ほ》め、長二を懇《ねんごろ》にもてなしました。
四
助「時に親方、つかん事を聞くようだが、先頃尋ねた折《おり》台所《だいどこ》にいたのは親方のお母《ふくろ》さんかね」
長「いゝえ、お母は私《わたくし》が十七の時死にました、あれは飯焚《めしたき》の雇い婆さんです」
助[#「助」は底本では「長」と誤記]「そんなら未だ家内は持たないのかね」
長「はい、嚊《かゝあ》があると銭のことばかり云って仕事の邪魔になっていけませんから持たないんです」
助「親方のように稼げば、銭に困ることはあるまいに」
長「銭は随分取りますが、持っている事が出来ない性分ですから」
助「職人衆は皆《みん》な然《そ》うしたものだが、親方は何が道楽だね」
長「何も道楽というものあないんですが、只正直な人で、貧乏をしている者を見ると気の毒でならないから、持ってる銭をくれてやりたくなるのが病です」
助「フム良《い》い病だ……面白い道楽だが、貧乏人に余《あんま》り金を遣りすぎると却《かえ》って其の人の害になる事があるから、気を付けなければいけません」
長「其のくれえの事ア知っています、其の人の身分相応に恵まないと、贅沢をやらかしていけません」
助「感心だ……名人になる人は異《かわ》ったものだ、のうお島」
島「左様《さよう》でございます、誠に善《よ》いお心掛で」
と長二の顔を見る途端に、長二もお島の顔を見ましたから、お島は間の悪そうに眼もとをぽうッと赧《あか》くして下を向きます。長二は此の時二十八歳の若者で、眼がきりゝとして鼻筋がとおり、何処《どこ》となく苦味ばしった、色の浅黒い立派な男でございますが、酒は嫌いで、他の職人達が婦人の談《はなし》でもいたしますと怒《おこ》るという程の真面目な男で、只腕を磨く一方にのみ身を入れて居りますから、外見《みえ》も飾りもございません。今日坂倉屋へ注文の品を納めにまいりますにも仕事着のまゝで、膝の抜けかゝった盲縞《めくらじま》の股引に、垢染みた藍《あい》の万筋《まんすじ》の木綿袷《もめんあわせ》の前をいくじなく合せて、縄のような三尺を締め、袖に鉤裂《かぎざき》のある印半纏《しるしばんてん》を引掛《ひっか》けていて、動くたんびに何処からか鋸屑《のこぎりくず》が翻《こぼ》れるとい
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