エ」
長「へい、私《わたくし》の実の親ほど」
と云いかけて実親《じつおや》の無慈悲を思うも臓腑《はらわた》が沸《にえ》かえるほど忌々《いま/\》しく恨めしいので、唇が痙攣《ひきつ》り、烟管《きせる》を持った手がぶる/″\顫《ふる》えますから、お柳は心配気に長二の顔を見詰めました。
柳「本当の親御達が何うしたのだえ」
長「へい私《わたくし》の実の親達ほど酷《むご》い奴は凡《およ》そ世界にございますめえ」
とさも口惜《くやし》そうに申しますと、お柳は胸の辺《あたり》でひどく動悸《どうき》でもいたすような慄《ふる》え声で、
柳「何故だえ」
長「何故どころの事《こっ》ちゃアございません、私《わたくし》の生れた年ですから二十九年|前《めえ》の事です、私を温泉のある相州の湯河原の山ん中へ打棄《うっちゃ》ったんです、只打棄るのア世間に幾許《いくら》もございやすが、猫の死んだんでも打棄るように藪ん中へおッ投込《ぽりこ》んだんと見えて、竹の切株が私《わっち》の背中へずぶり突通《つッとお》ったんです、それを長左衛門という村の者が拾い上げて、温泉で療治をしてくれたんで、漸々《よう/\》助かったのですが、其の時の傷ア……失礼だが御覧なせい、こん通りポカンと穴になってます」
と片肌を脱いで見せると、幸兵衞夫婦は左右から長二の背中を覘《のぞ》いて、互に顔を見合せると、お柳は忽《たちま》ち真蒼《まっさお》になって、苦しそうに両手を帯の間へ挿入《さしい》れ、鳩尾《むなさき》を強く圧《お》す様子でありましたが、圧《おさ》えきれぬか、アーといいながら其の場へ倒れたまゝ、悶え苦《くるし》みますので、長二はお柳が先刻《さっき》からの様子と云い、今の有様を見て、さては此の女が己を生んだ実の母に相違あるまいと思いました。
十六
其の時の男というは此の幸兵衛か、但《たゞ》しは幸兵衛は正しい旦那で、奸夫《かんぷ》は他の者であったか、其の辺の疑いもありますから、篤《とく》と探索した上で仕様があると思いかえして、何気なく肌を入れまして、
長「こりゃとんだ詰らないお話をいたしまして、まことに失礼を……急ぎの仕事もございますからお暇《いとま》にいたします」
幸「まア宜《い》いじゃアないか、種々《いろ/\》聞きたい事もあるから、今夜泊ってはどうだえ」
長「へい、有難うございますが
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