これは親方|生憎《あいにく》な事で、とんだ御厄介になりました、又其の内に出ましょう」
 とそこ/\に帰ってまいります。

        十三

 お柳の装《なり》は南部の藍の子持縞《こもちじま》の袷に黒の唐繻子《とうじゅす》の帯に、極微塵《ごくみじん》の小紋縮緬《こもんちりめん》の三紋《みつもん》の羽織を着て、水の滴《たれ》るような鼈甲《べっこう》の櫛《くし》笄《こうがい》をさして居ります。年は四十の上を余程越して、末枯《すが》れては見えますが、色ある花は匂《におい》失せずで、何処やらに水気があって、若い時は何様《どん》な美人であったかと思う程でございますが、来ると突然《いきなり》病気で一言《ひとこと》も物を云わずに帰って行く後影《うしろかげ》を兼松が見送りまして、
 兼「兄い……ちっと婆さんだが好《い》い女だなア」
 長「そうだ、装《なり》も立派だのう」
 兼「だが、旨味の無《ね》え顔だ、笑いもしねいでの」
 長「塩梅《あんべえ》がわるかったのだから仕方がねえ」
 兼「左様《そう》だろうけれども、一体が桐の糸柾《いとまさ》という顔立だ、綺麗ばかりで面白味が無《ね》え、旦那の方は立派で気が利いてるから、桑の白質《しらた》まじりというのだ」
 長「巧《うま》く見立てたなア」
 兼「兄いも己が見立てた」
 長「何《なん》と」
 兼「兄いは杉の粗理《あらまさ》だなア」
 長「何故」
 兼「何故って厭味なしでさっぱりしていて、長く付合うほど好《よ》くなるからさ」
 長「そんなら兼、手前《てめえ》は檜の生節《いきぶし》かな」
 兼「有難《ありがて》え、幅があって匂いが好《い》いというのか」
 長「いゝや、時々ポンと抜けることがあるというのよ」
 兼「人を馬鹿にするなア、毎《いつ》でもしめえにア其様《そん》な事だ、おやア折《おり》を置いて行ったぜ、平清のお土産とは気が利いてる、一杯《いっぺい》飲めるぜ」
 長「馬鹿アいうなよ、忘れて行ったのなら届けなけりゃアわりいよ」
 兼「なに忘れてッたのじゃア無《ね》え、コウ見ねえ、魚肉《なまぐさ》の入《へえ》ってる折にわざ/\熨斗《のし》が挿《はさ》んであるから、進上というのに違いねえ、独身もので不自由というところを察して持って来たんだ、行届いた旦那だ………何が入《へえ》ってるか」
 長「コウよしねえ、取りに来ると困るからよ」
 兼「心
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