ば寧《いっ》そ死んで仕舞う積りだよ」
 と話して居るを聞き、茂之助は一層怒りを増し、
茂「畜生め/\芝居町にもと居た時分からくッついて居やアがったんだ、己と口をきくのも厭だてえやアがる、うーむ彼奴に逢いてえばッかりに己をお客にして騙《だま》しやアがッて、畜生めむうー」
 と余《あんま》り腹が立つと鼻がフー/\鳴るから、自分で鼻を押え、猶《なお》も身を寄せて立聞くとも知らず、
たき「ちょいとこれを喰《た》べて御覧よ、□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□、お前に逢うと、何んだか私は我儘になって変になっちまうんだよ、と云って此家《こゝ》を出る訳にも往《ゆ》かず、何うかして茂之助が死ねば宜《い》いと思って居るのに、中々|悪達者《わるだっしゃ》で死なゝいのだよ、此間《こないだ》もお腹《はら》が甚《ひど》く痛むと云うから、宜い塩梅だ、コレラに成るのかと思ったと云うは、悪いお刺身の少しベトつくのを喰べたから、便所《ちょうずば》へ二度も往《い》きゃア大丈夫だと思ってると一日経つとサバ/\熱が取れて薩張《さっぱ》り癒《なお》って仕舞ったから、私はがっかりして仕舞ったのさ」
茂「畜生、亭主の病気が癒ってがっかりする奴が有るものか」
 ともう耐《こら》え兼ねて、短い脇差へ手を掛けて抜き掛けて土間口から這入って来るとも知らず、奥では一盃飲みながら松五郎の膝へもたれ掛り、
たき「□□□□□□□□□□□□□□□」
 と、一盃の酒を飲み合い、もたついて居るのを見たから堪りません。平素《ふだん》温和《おとな》しい善《よ》い人の怒《おこ》ったのは甚《ひど》いもので、物をも云わずがらりと戸を開けて中へ飛込み、片手に抜身《ぬきみ》を提《さ》げて這入ると、未だ寝は致しません、お膳の前でピッタリ寄添って酒を飲んで居る処へ飛込んだから、少し間合が早かったけれども、我慢が出来ませんから松五郎を目懸けて斬り込むと云う、此の事が騒動の始まりでございます。

        八

 東京でも他県でも色恋の道では随分自分の身を果します、間男をされて腹を立てぬものは、一人もございません、男同士でも交情《なか》が善《よ》くって手を曳合《ひきあ》って歩いても、他《わき》の人とこそ/\耳こすりでもされますと男同士でも嫉妬《ちん/\》を起して、彼《あれ》は茂山《しげやま》氏の傍《そば》へばかり往って居る、一体|彼奴《あいつ》は心掛けが宜くない、軽薄を以て彼《あ》の方《ほう》へ取附こうと云う考えだろう、などと詰らない事を云って怒《おこ》ります。同じようなお膳が出まして鯛の浜焼が名々《めい/\》皿に附いて出ましても、隣席《となり》の人の鯛は少し大きいと腹を立て、此家《こゝ》の亭主は甚だ不注意|極《きわ》まる、鯛などは同じように揃ったのを出せば宜《い》いんだ、と云っても然《そ》う揃ったのは有りません。また隣で蔵でも立派に建てますと、何うだえ此の頃は忌《いや》にぎすついて来たが、成上りてえものは宜《い》けねえ者だ、旦那然とした面《つら》を為《し》やアがって、朝湯で逢っても厭に肩で風を切って、彼奴が蔵を建ったので丁度南から風の這入る処を、蔵の為に坐敷が暗くなっていけません、何|彼《あれ》だって好《い》い蔵じゃア有りません、毀《こわ》しか何か買って来たんでしょう、火事でも有りゃア直《じき》に火が這入ります、などゝ自分で建てる事が出来んとグッと込上げて参りますが、誰も此の嫉妬心《しっとしん》は離れる事は出来ませんものと見えます。況《まし》てや大金を出しまして連れて来たお瀧が、松五郎の膝へしなだれ寄って亭主の事を悪口《あっこう》を云うのだから腹の立つのも道理、茂之助は無茶苦茶に斬込んで来ましたから二人は驚き、お瀧は慌てゝ逃げ出《いだ》す。松五郎は旧《もと》は士族だけに腕に覚えの有る奴、素《もと》より剛胆の奴ゆえ左《さ》のみに驚きませんで、一歩|退《さが》って後《あと》に有りました烟草盆を取ってポカリと投げ附けると、茂之助の肩をかすッてパチリと柱へ当ると、灰は八方へ散乱致す、其の中《うち》にお瀧は一生懸命だから四巾布団《よのぶとん》を取って後《うしろ》から茂之助を抱き締めましたが、女の事で身丈《せい》が低いから羽がい締めと云う訳には参りません、脇の下をお瀧に押えられたが、茂之助は無茶苦茶に刀を振り舞しながら、
茂「間男見附けた、さア二人重ねて置いて四つにしようと八つに為《し》ようと己の了簡次第だ、間男見付けた」
 と死物狂いの声で呶鳴《どな》り立てゝ、ピン/\と鼻へ抜けて出る調子で、精神《たましい》はもう頭へ上《のぼ》って居ます。松五郎は何か無いかと四辺《あたり》をキョロ/\探すと、巻手《まきて》と申しまする何か機織道具で、長《たけ》二尺ばかり厚み一寸も有ります巻手と云うもの
前へ 次へ
全71ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング